チェーザレ・ボルジア・デ・フランチャ、
ロマーニャ公爵、ヴァランス公爵、
アドリア・ピオンビーノの領主、
教会軍総司令官より、
私の領国内の、この書状を目にするすべての領主、軍司令官、傭兵、役人、兵士、家臣たちに告げる。
「私の最も親しい友人,建築技術総監督レオナルド・ダ・ヴィンチのために,あらゆる地域の自由通行と,彼に対する好意的な接待を命ずる。私から,公国内の全城塞の視察の任務を課せられた彼には,彼の任務を遂行するに必要な,あらゆる助力が十分に与えられねばならない。さらに,公国内のあらゆる城塞,要塞,施設,土木工事すべては,それを施行する間に,またそれを続行しながらも,技術者たちは,レオナルド・ダ・ヴィンチ総監督と協議し,彼の指示に従うことを命ずる。もしこの私の命に反するような行動に出たものは,いかに私が好意を持っているものであろうとも,私からの非常な立腹をこうむることを覚悟するように。」
法王猊下の18年目の年、
ロマーニャ公爵叙爵2年目の年
ロマーニャ公爵が記す
(本文部分は「チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷」 第二部 剣 第八章からお借りしました。)
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写真は、チェーザレ・ボルジアが、レオナルド・ダ・ヴィンチのために発行した、領国内を自由に通行する為の許可証である。
この通行許可証の発行日は1502年8月となっている。レオナルド・ダ・ヴィンチは50歳、許可証を発行したチェーザレ・ボルジアは27歳。
パトロンであったスフォルツァ家のイル・モーロが失脚し、失業中だったレオナルドがどういう経緯でチェーザレのもとで働くようになったのか、手元に何の資料もないので私にはわからない。
ただ、手紙は、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった君主が、各地の現場監督、代官の類いに送ったものにしては、非常に緻密というか、あらゆる場合を想定して指示を与えていることに驚かずにいられなかった。
どちらかというと寡黙な、「指示は一言のみ」、のようなイメージを勝手に作り上げていたのだが、彼はいつもこんな風に細かく指示を出していたのだろうか。
それとも、これはかなり珍しいケースで、それだけレオナルドを信頼し期待していた、ということなのだろうか。
とにかくレオナルドが自由に動けるように、あらゆる便宜を図っているのである。チェーザレはレオナルドの才能をよほど高くかっていたのだろう。
一方のレオナルドはどうだったのだろうか。
今のところ、レオナルドのメモ類からチェーザレに関する記述は発見されていないらしい。
二人が面識があったという証拠は何もない。
けれども、この通行証が破棄されることなく現代まで伝わっていること自体が、私達の想像を掻き立てるに充分だろう。
通行証は、レオナルドの愛弟子であり遺言執行人であったフランチェスコ・メルツィの実家に保管されていた。
つまり、チェーザレの失脚後も、レオナルドはこの通行証を持ち歩いていた可能性が高いことになる。
「天才は天才を知る」という。
チェーザレの領国内にレオナルドが滞在したのは、わずか8ヶ月ほどだが、レオナルドにとっても、それは忘れ難い日々だったのではないたろうか。
【おまけ】
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レオナルドがチェーザレ・ボルジアのもとを去ったのは、チェーザレの失脚が最大の理由だと思いますが、詳しいことはわかりません。
当時レオナルドの故国フィレンツェはチェーザレと傭兵契約を結んでいました。だから、レオナルドも自分の意思ではなく、優秀なエンジニアをフィレンツェ政府が派遣した、ということだったかもしれません。だとすれば、チェーザレの勢いに翳りが見えたら故国に引き上げるのは自然な行動と言っていいかもしれません。
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私などよりずっと造詣が深く、高い見識をお持ちの方が、ご自身のブログで件の通行証を翻訳していらっしゃいました。
『私の親愛なるそして優秀な建築家であり軍事技術家であるレオナルド・(ダ)・ヴィンチにこの書状を持たせ、領国内の建築中の要塞・建築物の監督を依頼した。
現場にいるものは、すべて彼の命に従うことを命じる。
彼と彼の随行者の要請や判断に従ってその望むものを用意し、いかなる通行税もとってはならない。
友好的な態度と敬意を持って彼に接し、彼の望むあらゆる試み、測量を行わせること。
彼が要請するのであれば、人材・資金を惜しまず提供すること。彼にわが領内における建築の権限を委託したのであるから、ほかの建築技師たちは彼の意思に従い、彼の確認なしには任務を遂行してはならない。
もしこの命に反するようなことがあれば、その者は私の憤りをこうむることを覚悟すること。』
塩野訳より直訳に近いせいか、粘着質と言っていいくらいしつこいのがおわかりになると思います。
常々このように指示を出していたとしたら、レミーロ・デラ・ロルカという家臣が「独断専行の振る舞い」が多く、征服地に恐怖政治を行なった、として処刑されているのは、かなり疑わしいゾ、とか…
色々な想像してしまいました。