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年賀状(2013/01/08 09:14)

医師が時刻を告げ、機器類が取り外されたあと、私は夫と義弟に母を迎えに行ってもらった。

朝のやわらかい陽光の中で、動かぬ父と私たち姉妹が残された。私たちは病室の片付けを始めた。病室は暖かく、父の手も温かかった。あまりにも柔らかいので、陽光の中に溶けてしまいそうだった。

こんなにも痩せられるのか、と思うほどその腕は細く、点滴や様々な注射の跡、太腿の手術の傷が、歴戦を物語っていた。
けれども「過酷な戦い」と表現するのは何だか空々しいほど、父は常に前向きだった。
春に入院した時も、退院が二度も延期になり、さぞ気落ちしているだろうと思いつつ病室を覗いたら、意外に明るい表情の父がいた。
「リハビリの時間が増えたと思うことにした。退院までに歩けるように頑張る」
そう言う父の目は文字通り『キラキラして』いた。
普通の人の腕ほどもない脚で歩む一歩はきつかっただろう。脚があるはずの白い布団の下は何も無いように見えた。

病室には私物は殆どなく、片付けは数分で終わってしまった。財布。手帳、筆談用のノート、母の写真…それらにまじって二十枚ほどの年賀状があった。既に父の名が印刷してある。
父は筆まめで、働き盛りには二百枚近い年賀状を出していた。一枚一枚にやや癖のある達筆で必ず一言添えてあった。
見つかった年賀状は、まだ宛名も書かれていなかった。誰に出すつもりだったのだろう。わずか二十枚の年賀状を書く力が既になくなっていた。
選びに選んだ相手だったに違いない。どんなメッセージを書くつもりだったのか、いまとなっては知る術もないけれども、そこには新しい年を生き抜こうとする父の強い意志が感じられた。

昨年は両親に振り回されっぱなしだったが、特に秋以降は意地っ張りで頑固な父の「頑張り」に手を焼いた。
その父が「力尽きて」横たわっている病室は、朝の光が妙に明るくて、馬鹿馬鹿しいくらい明るくて、父はただただ静かに横たわっていた。
by treeintheheart | 2014-01-14 12:50 | 父母の記録

魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず


by treeintheheart