被災地を旅する友へ

随分ご無理をして行かれたようですが、体調いかがでしょうか。

確かに、其処に行かなければ、住まわなければ判らないことは沢山あると思います。ただ、今から其処で暮らしたところで、「あの日居なかった」ということになるでしょうし、むしろ外からしか見えないものを確り見据えることしか出来ないのだ、と納得することも大切だと思います。

「なぜこの土地を離れないのか」と質問なさったのですか。らしくないというか、らしいと言うべきか…
相手の方が穏やかな方で幸運でしたね。


原発の影響そのものについては地震直後から考えて来ました。
その頃どこかで書いた通り、これから障害を持った子供が生まれる可能性も高いし、それは外で遊ばせないとか、他所のお宅で出されたものを食べないとか、そんな方法で解決出きるものではないと思います。
寧ろ人と人とを分断し、自分だけが助かれば良いという思考パターンを育てるという意味ではマイナスとしか思えません。

その一方で「東北をサポートしよう」という美辞麗句が踊っている。「絆」なんてキャッチフレーズは一種の狡猾さを感じる、と言ったら言い過ぎでしょうか?
確かに、被災地では多くの人が非日常的な、奇跡のような体験をしたに違いない。
けれども、それは特殊な条件のもとで人間の奥深いところから発露されたもので、日常の中に常在させるには無理があるような気がします。
結局、似て非なる安っぽい「絆」が横行し、本当に「繋がった」瞬間を、其所から私たちが汲み上げなければならないものを埋もれさせてしまう。それでなくとも疲弊した被災地の人々の身体を思考を縛り付け、救われる道を閉ざしていないか、と…これは私の想像に過ぎませんが、漠然とした不安を感じるのです。


「被災地の救済」を考えるとき、その土地を救うのか、人を救うのか、は、本来切り離して考えるべきものではないでしょうか。
三宅島や雲仙普賢岳の災害では、側から見ている第三者の殆どが「住民は避難すべき」と考えました。けれども、東北の被災地域の住民に対して、そのような声は薄い。
その理由として、放射能被害の多くが可視的でなく、数値の検証も難しいこともある。
また、被害者の数、被害額、被災した土地、いずれもこれ迄にない規模で受け皿が準備できないという問題もあり得る。
さらに、国策として推進してきた原子力のマイナス面を体現する人とモノが、野放図に拡散していくことは権力を握っている側にとっては得策ではないのかもしれません。

また、イメージ的な問題もあります。幸か不幸か、東北地方は言わば「日本人の心のふるさと」であり、素朴で温かくて今は失われた貴重なものが残っている土地とされてきました。この土地と人を切り離してしまうことは、個々の心のレベルでも多少の抵抗がある人は多い。それが無言の圧力になって最初から検討すらされない事が多々あるとすれば、悪意ではないだけに改めることは難しいでしょう。さらに、イメージが壊れ商業的価値が半減してしまうというのは、私たちの想像以上に重要な要素なのかもしれません。

いずれにしても、様々な悪条件がかたく結びついた結果、被災者も被災地も共に生まれ変わることができずにいる、そんな気がしてならないのですが、現場を見たこともない人間の、ただのセンチメンタリスムの産物かもしれません。

「○○○は元気です」
「私達は此処でちゃんと生きているんです」
「見に来てください。そしてお金を落としていってください」
日本中が元気がないときに、彼等の必死の「元気」がどこまで受け止めてもらえるのか、そしてその何割が彼等の元に投げ返してもらえるのか…考えると胸が痛くなります。
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by treeintheheart | 2013-12-17 10:05 | 考えていたこと

魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず


by treeintheheart