「ドライビング ミス・デイジー」(2011/01/04 18:48)

一言で言うと、元教師の気難しくてしっかり者の老婦人が黒人の運転手に心を開いていくお話です。


ヒロイン・デイジーの息子が運転手を雇った原因は、デイジー自身にありました。
そもそも車で出かけようとして、自分がギアを間違え車をダメにしてしまったのにデイジーは認めようとしません。心配した息子がホークという経験豊かな黒人を雇い母の家へ送り込んだのです。

ホークは穏やかでユーモアのある度量の広い男です。デイジーの主義や偏見からくる無茶な注文に、辛抱強く誠意をもって応えていきます。
けれど本当は人種差別にたいする怒りなど、胸のうちには熱いものを持っているのです。

それが表に表れる時が2回あります。
そのひとつが、伯父の家まで小旅行に出たもののデイジーのミスから予想外の長距離ドライブとなり、ホークが「用を足すために車を止めさせてくれ」と頼むシーンです。黒人は公衆トイレが使えないのでデイジーが用を足した時もずっと我慢していたのです。
「私は機械じゃない」ホークが毅然として言うのが返って問題の深さを感じさせます。

一方デイジーも心身が衰え、軽い認知症症状も表れてきます。
それとともに、次第にホークを頼りにするようになり、ついには
「貴方は私の親友よ」
とまで言います。
ユダヤ人として生まれ、努力と知性で人生を切り開いてきたという自負があるデイジーは人に弱みを見せることが嫌いです。それだけにこの言葉は重いのです。

豪華な老人施設に入ったデイジーが感謝祭のパイをホークに食べさせてもらうラストシーンは、まるで長年連れ添った仲のよい夫婦のようで、とても印象的でした。

20世紀初頭の古風な社会の中で描かれてはいましたが、「老い」や「偏見」など古くて新しい様々なことについて、柔らかく考えを促してくれる作品でした。
[PR]
by treeintheheart | 2013-09-10 09:35 | 映画、DVD、音楽

魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず


by treeintheheart