今にして思えば

最近、
「今にして思えば」
と、思うことが多い。

一番深刻なのは、やはり両親に繋がるもろもろで、…
例えば日記などをみると、両親と私の思いがすれ違っていることが手にとるように分かったり、表面上は穏やかなのだがいさかいの種が次々蒔かれていることが判る場面もある。
その後の展開から相手が嘘をついていることが今でははっきりしている件など、読んでいて自分の鈍感さに腹がたったりするけれど、
「それだけピュアだったってことよね」
と居直ることにした。
逆に
「こんなやり方じゃ父母が気に入らなかったのも無理はない」
と同情(?)したくなることも。
やっていることは間違ってないし、自分で言うのもおこがましいけれど、純粋に父母を思う気持ちから出たことだ。
けれども、父母にしてみれば
「自分達のことなのに、よくわからないまま何かが変えられつつある」
という困惑、自分の思考力や判断力が衰えたことを認めなければならない寂しさや不安…そういう気持ちが私への警戒心、
「なぜあの子の指示に従わなければならないの」
という反感へ変わっていってしまったのだろうか。


「そうだったの、ママ?」
「どうすればよかったの?」
確かめたい、と電話をかけそうになる。
そして気づく。
この線は、もう何処にも繋がってない。


「今さら何を」
と思う。
「いつまでぐずぐず言ってるんだ」
とも。

こういうことにならないために
ベストを尽くしたのではなかったか
と、自分を叱ったり言い聞かせてみたりするけれど、どうにもならない。

答えは永遠に出ないのに
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by treeintheheart | 2013-09-05 08:27 | 父母の記録

魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず


by treeintheheart