小さな奇跡(2011/09/25 21:35, 21:53)

昨日(24日)は実家のお墓参りに行ってきました。長女の運転で初めて高速に乗りました。いつもはうとうとしながら行く道を緊張して後部席に座っていたので、首も肩もガチガチになりましたが、幸い渋滞もなく昼前に着くことができました。
春の彼岸も夏のお盆も行けなかったので、大掃除を覚悟していたのですが、意外にもお墓はきれいでした。

「本当に来たのかしら?でも掃除を頼んだと言っていたし…」
実は、今朝実家の母に電話した時に、母が
「昨日父と墓参りに行ってきた」
と言ったのです。
でも、私は半信半疑でした。
だって、多発性骨盤腫で今年いっぱいもつか、と言われている人が、家の中を歩き回るのがやっとだというのに、いくらタクシーを使ったからと言って、こんな不便なところへ来れるだろうか?と思ったのです。

つい先日、
「お墓参りに行くなら車で一緒にいこう」
と誘った時も、
「せっかくだけど体力がもたないから諦める」
と言っていたのでした。
そんなことを考えているところへ、霊園を管理している会社の車が通り掛かり、
「昨日そうじをして花を飾った」
と言いました。
ではやはり、認知症状がすすんだ結果、気になっていた墓参りを済ませたつもりになったのだろう、と私は思いました。
(以前日記に書きましたが、私の母は癌が進行して、昨年くらいから認知症にも似た症状が顕れていました)

ところが、実家に立ち寄って父に聞いてみると、本当に父母はお墓参りに行っていたのでした。
23日に二人でお寺に行き、そこからタクシーを使ったらしいのです。

たしかに最近、電話をする度に元気そうな母ではありました。
先日も、掛かり付けの大学病院から駅まで歩いたというので驚かされたばかりです。
「たぶん一人じゃ不安で歩けなかっただろうけれど、パパと二人だったから…」
と母はにこにこして言いました。
「若くて一人で何でもできたころは、離婚しようと思ったこともあったけど、今はこうしてパパと二人だから何とかやっていけるんだものね…」
と、その後ひとしきり昔話を聞かされましたが、母の表情には生気があり、お化粧もしていないのに昔の肌の美しさが蘇っていました。

父が入院していた時、昼間でもカーテンを閉めきって一日中ダイニングの椅子に座っていたのとは別人のようでした。

さらに驚いたのは、以前のように「あれがない」「これがない」と言わなくなったことです。
相変わらず物忘れはあるのですが、「盗った」「隠した」と私を責めることはなくなりました。

小さな不便や不満はあるものの、母は穏やかで充足してみえました。

母によると、お盆に私たちが母をショッピングに連れ出したのが大きな転機になったらしいのです。
売り場まで歩くだけで疲れてしまい、肝心の買い物はできなかったのですが、
「やれば、まだ出来る」
と、自信がついたのだそうです。
「一人で買い物が出来るようにならなくちゃ。パパが一人で何もかもやってくれていて可哀相でしょ」

何だか魔法にかかったような不思議な気持ちです。苦労の多かった母に、神様からの贈り物かもしれない、と思ってしまうくらいでした。
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by treeintheheart | 2013-08-31 11:36 | 父母の記録

魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず


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