分岐点(2010/10/12 18:40)

息子は小学校一年生からサッカーを始め、中学校でサッカー部に入るのをとても楽しみにしていました。あまりにも楽しみで、友達と何度も中学校のフェンスによじ登って練習を見ようとするので注意をされたくらいです。朝練もどんな雨の日も行きました。「サッカーは雨でも試合するんだから」と出て行き「誰も朝練来なかった」と帰ってきたこともあります。

その後、憧れの先輩が卒業し、先輩がいない新二年生と新顧問のサッカー部となりました。【ROOKIES卒業】(2010年10月11日の日記)に書いたような日々の始まりです。あの頃は本当につらかった。少しずつ駄目になっていく息子を見るのが。もがいて、仲間とも道が違っていって、いろんなことを諦めていくのが伝わってきました。あれこれ試したけど有効な手は打てませんでした。顧問がいる以上他の先生には手が出せないと学校からは言われました。
いくつかのリーグ戦には登録手続きさえしてもらえず、試合では前半好調でもハーフタイムに必ずと言っていいくらい志気が下がりました。練習不足が自信の無さにつながり先生の罵倒が追い討ちを掛けました。うつむき加減に黙々とボールを蹴る部員達にセットプレイのできるはずもなく、息子の声だけがやたらと大きく感じられる試合が続きました。
「個人技は上なのに攻撃が組み立てられないんだ。それにメンタルが弱い」
と分析好きな息子は言っていました。彼は父親に頼んで試合を撮影してもらい、その日のうちに必ず観ていました。
それでも彼は先生の悪口はいいませんでした。
親馬鹿なようですが、彼は感性が鋭いほうだと思います。痛みを避けるため、アンテナの感度を下げる知恵は彼にはなかった。彼が顧問の先生をいい人だと言い続けたのは、そうすることで何かを守っていたのか、それとも私達には見えないものを先生の中に見ていたのかもしれません。

年度が変わり先生は転勤なさり、代わっていつも試合の応援に来てくださっていた若い二人の先生が顧問になりました。それから引退するまでの4ヶ月間、3年生達はただただ楽しそうでした。子犬達がじゃれあうように練習していた小学校時代が思い出されました。
でも本当は、何かが変わってしまっていたのでしょうね。
息子は卒業アルバムのサッカー部の写真に写りませんでした。

以上、どこにでもある人生の小さな1コマでした。
[PR]
by treeintheheart | 2013-07-06 09:17 | 子供たちの記録

魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず


by treeintheheart