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明日が見えないから
君は遠い未来を語る
目の前が闇だから
光り輝く砂浜を描く

それが君の泣き方


もう やめようよ
もう やめようよ
見ていられない
どこにでもある
たくさんの言葉で
埋め尽くすことはできないよ
どんなに必死で
シャベルを振るっても
山を築くどころか
ただ平らにすることさえ
だってそれは借り物だから
本当にそこに埋もれていた
ものじゃないから


素敵だって言われたい?
頑張ってね、そばにいるよって?


泣きながら叫んでいいんだ
ちがう、ちがう、ちがうって
君達にはわからないって
こんなに辛いんだって
こんなに怖いんだって


必ずって言ったから
最後まで読むよ
わからなくても
何を削っても


だけど


ごめんね




コメントできない
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by treeintheheart | 2013-10-31 15:05 | 詩、物語、短歌…

「詩とメルヘン」

40年くらい前に
『詩とメルヘン』
という雑誌がありました

創刊、編集していたのが、
先頃亡くなった
やなせたかしさんです


厚手のエンボス加工をした紙を用いた
B4版くらいの本は、
見開きにいっぱいに
描かれた絵と
詩または物語が綴られ
ページをめくるたびに
宝箱の蓋をあけるようでした。

子供だったので、あまり覚えていませんが、
司修、味戸ケイコ、
茨木のり子、寺山修司、
立原エリカ、きたのじゅんこ、
…等のお名前があったのを
覚えています。
多分、当時気鋭の詩人、
イラストレーター、または
無名の新人…
いずれにしても、
とても贅沢な本だった
のでしょうね。

数年後、本屋で見かけた時は、
版も小さくなり、
創刊の頃の輝きは
薄れていました。

あの雑誌、
どうなったんでしょう…
今も
続いているのでしょうか。
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by treeintheheart | 2013-10-21 10:30 | 思い出
本当に
どうしたの?
と、
自分で自分が
腹立たしくなるくらい
故障が多い

ぎっくり腰に始まって
40℃近くの高熱出してダウン
(実は6月にも高熱で寝込んでいるし)
今回は
熱が下がったら
洗面台前のマットごと滑ってしまい
上半身を強かに打ってしまった
一週間携帯を持てないくらい
肋骨を痛めた


うーん…
このままでは
寝たきり老人コースへ
まっしぐらだわ~
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by treeintheheart | 2013-10-20 09:17 | 日々

ストーカー殺人事件に

三鷹で起きたストーカー殺人に震えるような怒りを覚えます。
犯人は生命を奪っただけでなく、大量のプライベートな映像を投稿することで、被害者とその家族の尊厳を永久に奪いました。

さらに問題を深刻にしているのは、その動画にアクセスする人々です。削除しても削除してもきりがないのは、低劣な好奇心に突き動かされるままに無責任な行動をとる人が数多いるからでしょう。彼等の存在が無ければ、犯人は復讐の手段として画像を投稿することを選らばなかったはずです。
つまり、私達の行動によっては、犯人の意図を扶けることになるのです。


「そういう映像を撮ること自体いかがなものか」
と被害者の非を指摘しようとする方も在るかと思います。
勿論、道徳観、倫理観は様々あって当然です。私自身もそのような映像が存在することを「当然」とは思えません。
けれども、それは最もプライベートな場面での行動であって、公に非難されるべき種類のものではないはずです。
どんな高潔な、謹厳な人でも、最もプライベートな時間まで全てを曝して汚点ひとつ無い、と言える人は居ないでしょう。また、居たらいたで、別の意味で問題があると思いますし。
まして、彼女は充溢する力とそれをコントロール出来ない未熟さを併せ持つ、人生で最も煌めく時期にいたのです。誰もが振り返って、眩しさに目を細め、微苦笑を禁じ得ない時期に。

そして、一つだけ確実なのは、その映像が撮られた時、彼女は犯人に心を開いていた、信頼していた、ということです。信じるに足りない利己的な男を!それだけに二重に痛ましく思うのです。

映像の日々から、別れ、ストーカー化し、殺人に至るまでには、当然ながら色々な紆余曲折があり、犯人にも言い分があるでしょう。「新事実」が新たになり彼に有利な事実も発見されるのかも知れません。

けれども、彼がプライベートな映像を流した行為がそれで消えるわけではありません。彼は自分の犯した罪の重さを心底から思い知るべきです。彼のような男にそれが出来るか、甚だ疑問ですが。
彼は、既に遠い存在となりつつあった彼女を、最も卑怯な愚劣な方法で、ネットの海へ押し出しました。奇跡が起きて、彼が心から罪を悔いたとしても、彼女の映像は、今度こそ永久に手の届かない存在となって、ネットの海を漂い続けるのです。
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by treeintheheart | 2013-10-15 13:57 | 考えていたこと
引っ込み思案の私と違って、息子の友達の多さは呆れるくらいだ。それも種々雑多で、開成、早稲田を蹴って某高校に進学した子と関ヶ原の陣立てについてしゃべっているかと思えば、おじいちゃんがヤ〇〇さんだという不登校の子と夜中にサッカーをしていたりする。
息子の周りは何故かいつも女の子がわさわさしている。中学からの付き合いの子が多いが、高校に入って知り合った子も、彼女も元カノも混じって一緒におしゃべりしていたりする。(しかも皆可愛い!)ちなみに息子は決してイケメンじゃなく生徒会長でも秀才でもなく、むしろ今、思いっきり人生の彷徨い人をしている。
高校に入ってしばらくは女の子二人がお弁当を作ってくれていて、私のお弁当は他の子が食べていたりした。息子が学校を変わった後も彼女達との関係は続いていて、つい先日も女の子が二人やってきて晩御飯を食べていった。
我が家は女ばかりだから息子も女子と話すことに何の抵抗も緊張もないのかな。なんだかわからないけど、いつもいい雰囲気で私ともおしゃべりしたりメアド交換したり…もっとも誕生日とかクリスマスのご挨拶メールが殆どだけれど。

実を言うと、彼女達はそれぞれ「事情」を抱えている。お兄ちゃんが家出してしまった子、家庭内暴力を受けている子、リストカットを繰り返している子…そういう子達が息子の周りに集まるのには、それなりの理由があるのだろう…
人に厳しく自分に甘いと、家族には評判のわるい息子だが、外では別の顔を持っているのだ、と改めて思う。
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by treeintheheart | 2013-10-09 16:09 | 子供たちの記録
学生時代には、私はヴェネツィア派の絵画が好きだった。

ルネッサンスの絵画は変革の時代に相応しく様々な画風が混在しているが、なかでも異彩を放っているのがヴェネツィア派である。

当時の経済大国ヴェネツィアの精神をそのまま絵に写したような絵画は、華麗で俗っぽくて、これみよがしでひたすらに美しい。柔らかい光に満ちた世界は、印象派にも似ている。
魅惑的な姿態の女性を描きながら、海から立ち上る霧が光を撹乱してしまうのか、描線は曖昧だ。まるで言質を与えない取引上手のヴェネツィア商人のように。

同時代のフィレンツェでは清澄な凜とした空気が見る者の部屋にながれこんでくるような端正な絵画が描かれている。カテリーナ・スフォルツァやイザベッラ・デステの肖像は美しいけれど冗談を言ったら処刑されてしまいそうな怖さを持っている。
フィレンツェだって華やかな経済大国なのに、この違いは何だろう。人生に対する姿勢かしらF65B.gif
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by treeintheheart | 2013-10-09 12:45 | 文化と言葉と…

片思い (2011/05/14 07:53)

息子が中学3年生の時、
息子の友達と電話で話していて
言ったことがある。
「親は いつでも子供に片思いね」

すると彼女は言った。
「子供だって親に片思いですよ」

たったその一言なのに、
私の中で 何かがほどけた。

ああ…そうだよね
と思った。

何が「そうだよね」なのか
実は私にも説明できない。

息子が、本当はが私に
理解してもらいたいのだ、とか、そういうことではない。

その後、急に事態が好転した
わけでもない。


けれども何かの折に
彼女の言葉を思い出すと
一呼吸おくことができる
…時がある。
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by treeintheheart | 2013-10-09 06:17 | 子供たちの記録
まだ10代だった頃から、母が言う愚痴や不平不満に、私が両手を挙げて同調することは、滅多にありませんでした。
私は、母の味方ではなく、いつでも「セイギノミカタ」でした。
血肉をわけた我が子だからこそ洩らした心の内なのに
「それはママが間違っていると思うよ」
はっきり指摘されて嬉しいはずはありません。
たぶん母にとって私は、母が言って欲しいと思っている言葉をあまり言ってあげない薄情な娘だったのでしょう。
子供だった私は
「本当にその人のことが好きなら、その人にとって一番厳しいことを言える人になりなさい」
という母の言葉の表面だけを捉え、そんな関係になるまでには遠くて長い道程があること、相手を思いやり気遣っていることを十分理解してもらう必要があること…そんな当たり前のことを、幾分すっ飛ばしてしまったのでしょうか。

今思うと、私に対するそれが、母の敵意のルーツなのかもしれません。
母の認知症状が進んだ今では、私はいつでも母の味方です。それでも、母にとって私はかなり居心地の悪い存在のようです。母にしてみれば「今さら何を」といったところなのでしょう。

今、私の子供たちは、私の至らない点をズバズバ指摘します。その舌鋒の鋭さに、時には立ち上がれないくらい凹みますが、その一方で幸いなことなのだとも思っています。そして、その言葉を受け止めようとしてボロボロの自分を、時にはこっそり誉めてあげてもいいかな、なんて思ってしまうのです。
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by treeintheheart | 2013-10-08 02:10 | 父母の記録
母は昨日の事をすっかり忘れていました。
私が涙ながらに訴えたことも、自分が言ったひどい言葉も…

持てる限りの勇気を振り絞ったのに、一晩たつと、またいつの間にかスタート地点に立っているのです。
昨日の話し合いはなんだったのか、虚しくてかなしくて…
毎日3時間ははなしているのに、その記憶もなく、『人をこんなところに閉じ込めて、電話の一本もよこさない』と怒る母…
たぶん記憶したくないことは記憶できないのかもしれません。

そして私は自分の愚かさと見通しの甘さに臍を噛む思いです。

そんな状況の中で貴女からのメールを受け取ったのでした。

フランチェスカさん、何も知らないくせにキツイ事をいいますが、お母様の為に貴女の人生があるわけではないのよ。貴方は自分の現状をお母様のせいにしないための選択をしなければ…

私自身、昨日の話し合いに臨むにあたって、本当にそのことを考えました。

昨日、私は母のはいっているマンションの保証人を降りると父母にいいにいったのですが、その経緯はともかく、ずっと相談してきた方から
「これは決して親を捨てることじゃない」
と言われました。私の思いを見越しての言葉だったのでしょうが、それでも結局は折れて帰ってきてしまったのです。
それは引き続き家族に過大な負担をかけることを意味しました。
でも、それは私が選んだことです。父の懇願や母の赤ちゃんがえり的な状態への危惧や恫喝に、これから嫌なことがおきるのを分かっていながら、諦めに似た気持ちで自分の要求を引っ込めたのですが、それでも私の身を削るときめたのは私自身なのでした。
たぶん、どちらに転んでも良い選択とは思えなかったでしょう。でも、プレッシャーに負けて選択した、と思わないようにしようと自分に言い聞かせています…

ごめんなさい、貴方を責めているわけではないのです。ただ、あまりにも状況が似ているので、私が落ちそうになった蟻地獄に落ちてほしくないのです。
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by treeintheheart | 2013-10-05 21:16 | 父母の記録
昨日はご心配下さってありがとう。
お知り合いになったばかりなのにメールをいただいて嬉しかったです。

先日いただいた返信の中にお母様のことがありましたね。読みながら涙が止まらずどうしてもお話しておこうと思いました。
私が心揺さぶられたのは、単にお母様やご家族に同情したからではありません。私自身が難病を二つ持っているからお母様の涙が他人事と思えなかったのです。
昨日の体調不良もそのせいです。お薬が切れたり、色々なことがあって身体にひびくと、身体が硬直してしまうというか、携帯を打つのも辛くなってしまうのです。

ですから現状は親の介護どころではなく私自身が家族中の負担になっています。

同居の義母は病気一つしたことのない人ですから、私が怠け者に見えるらしく、私が一年間入院したときも「私(義母)が大変だから早く退院させろ」と病院に捩込みに来ました。
末の息子からは「なんでまだ死なないんだよ、おまえが死ねばこの家は全部うまくいくんだ」と言われます。おばあちゃん子だからかな、なんて思ってしまう自分の小ささが嫌になります。
実際、子供達には年不相応な負担をかけているのです。僅か17歳の子が耐え切れなくなっても無理はありません。
病気について話したいことはそれなりにあるのですが、人によっては「大袈裟に騒ぎ立てている」「不幸自慢」と感じる方もいらっしゃるので、話しづらいです。
それから息子のことも…優しくて冷酷で愛する憎らしい息子です。いずれお話聞いていただけたら幸いです。

そういうわけで時々体調不良のため返信が遅くなったり、極端に短くなるかもしれませんけどお許しくださいね。
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by treeintheheart | 2013-10-05 14:19 | 父母の記録

魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず


by treeintheheart