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秋には 春を想い
球根を植える
その傍らには
春に蒔いた種が
厳しい夏を経てなおも
花を咲かせ続けている

生命が時とともに
生まれ、育ち、果てていく
その輪の中に入れる
ほんの少し力を貸せる…
それは
松葉の葉先から滴る雫のように
捉えがたい時の恵み


私たちができるのは
ごくわずかなこと
生命が時を越える営みは
空に残す爪跡のように
手の届かないところで
密やかに緻密に
継承されていく


この小さな小さな生命
蒔かれた場所を
動くこともなく
道行く人の膝にも届かない背丈で
誰に教えられるでもないのに
なお鮮やかに全うへ向かう


争いを重ね自らに溺れる人間(ひと)よ
あなたの知恵は
この花の半分にも満たない
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by treeintheheart | 2013-09-30 10:55 | 日々
先日23日は、次女の部活の地区大会だった。
残念ながら成績は振るわず、次女のペアが一番よくて二位だったものの、昨年一位だった部長も同率三に終わってしまった。
それでも「よくやったね」と、私はその言葉しか出てこない。

新入生で次女が入部した時、一年生はわずか女子3人、四年生1人。3人と言っても、1人は家庭の事で練習日の半分も出席出来ず、最終的に退部した。残る1人は記憶障害があるのか、連絡事項も練習手順も大会申し込みも忘れてしまうという。結局全ての雑事は次女の肩にのしかかることになった。
OBが頻繁に顔を出してくれると言っても、所詮はOBで、手を出せることに限界がある。
予算をとるための会議、OB達への寄付のお願い、施設を借りるための手続き等、全て次女が独りでやらなければならなかった。

中学生の時、苛めにあっていたのか、クラスの誰とも口を利かなかった。
高校生になってからも電話が怖くて取れなかった。
通学の満員電車は人に譲ってしまっていつまでも乗れなかった。
そんな次女が、人が変わったように積極的に人と拘わるようになり、寸暇を惜しんで部のために働いた。

思いがけない出来事もあり、部活を辞めるように周囲が忠告したこともあったが、彼女は受け入れなかった。
「私は、この部活に入ってはじめて『ああ、私だって頑張れるんだ』って思えたの」
彼女は小さい頃から器用で、特に努力しなくてもソコソコ何でも出来た。小学生の時は作曲コンクール、作文、読書感想文、ポスター、工作…色々賞をもらってきた。だからそれ以上を目指す努力をしなかった。だから、どれも中途半端。そういう自分が嫌だった。
でも、はじめて努力した、頑張りが手応えになってかえってきた。

…と、次女の話に延々付き合わされた。

「子供の成長に成功体験が必要」とはよく聞くが、『目の前に事例がタグ下げて座ってる…』と、私は心の中で呟いた。何だか照れ臭くなってしまったのだ。その一方で、頭をくしゃくしゃに撫でてあげたい気もした。

「ウチの部員、今年は二列に並んだの」
と嬉しそうに言う。
「だって一年生の時は、三人しかいないから他の学校と一緒に並んだんだよ」


いつか、壁にぶつかった時、この思い出が彼女を支えてくれますように
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by treeintheheart | 2013-09-27 10:10 | 子供たちの記録

答え (2011/09/17 12:31)

学生のときに先生がある女性の話をなさいました。

「その方は優秀で優しい看護師で、お医者さまを扶けて多くの患者さんを救い、沢山の人から感謝されました。やがて看護師長となり、直接患者さんと関わることは少なくなりましたが、多くの後輩、部下を指導し、尊敬を集め、憧れの的でした。歳をとり、引退なさってからは、今や看護師長となった後輩達が相談にきたり、講演会等で経験を話したりして看護の質の向上に、勤めました。彼女が名前も、その存在さえ知らない人が、彼女の著書や講演によって励まされ力付けられました。

しかし、忙し過ぎる生活が祟ったのか彼女は突然倒れ意識不明になりました。今まで彼女が救ってきた多くの方が手を尽くしたかいあって、まもなく彼女は昏睡状態から醒めましたが、残念なことに、もはや口を利くことも手足を動かすこともできませんでした。その状態が長く続きやがて静かに息をひきとりましたが、この時期、彼女は最も役に立つ働きをしたのです。彼女の存在そのものが救いでした。
なぜだかわかりますか?
皆さんにはまだわからないと思います。でも、どうかこのお話を覚えておいてください。そして考え続けてください。」

今、古いノートはあるものの、なぜこんなに鮮明に覚えているのでしょう。生意気な学生でしたし、いかにも作り話めいて反発を覚えたことまで甦ります。その時全く答えが思い付かなかったのが悔しかったからでしょうか。後々この問い掛けが必要になると予感したからでしょうか。

ここ十年このお話のことを考えています。まだ答えは見つかりません。いいえ軽々に答えと思ってはいけないのだと思うようになりました。

私の他にもこのお話を必要とされている方がいるような気がして載せてみました。
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by treeintheheart | 2013-09-25 16:22 | 考えていたこと

瓶(20120316)

なぜ

こんなに
涙がでるのだろう
私という瓶に
縦にまっすぐな
亀裂が入って
底の底まで
沁み出でてしまう


自分の涙で目が覚める

なにが
なにが
なにがそんなに悲しいのか

罵られた言葉のひとつも
思い出せないのに
ただ
「かなしい」
とだけ心が繰り返す

カナシイ
カナシイ
カナシイ
カナシイ

掘っても
掘っても
他の言葉が出てこない


広漠の中に


一本の瓶


陽光(ひかり)を受けて
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by treeintheheart | 2013-09-24 00:30 | 詩、物語、短歌…

ささやかな夢

夏休み明けから、近所の小学校ではマーチングバンドの練習や、記録をとっているようなホイッスルの音等が、一日中聞こえてくるようになりました。

2学期(今では3学期制の所より2学期制のところの方が多いのかもしれませんが)は学校行事や習い事の大会やコンクールが多い時期ですね。

子供達が小さい頃、バレエの衣装作りやサッカーの応援や練習のサポートでこの季節は大忙しでした。
大変だけれど、子供達の世界に半身だけ入れさせてもらって楽しかった。

子供達が高校生にもなると、親ができることってせいぜいお弁当を作るとか、ユニフォームを洗うくらい…家の子達はけっこう自分でやってくれましたから、ちょっと疎外感さえ感じるほどでした。


子供達が頑張っているとき、笑顔やゆとりのある気持ちでサポートしてあげるには、やっぱり自分の体調を整えることが基本なのだという、ごくごく当たり前のことを、最近、改めて感じています。

自分の身体に余裕がないと、どこか上の空になったり、些細な予定変更に苛立ってしまう。
笑顔でいようと頑張っても「しんどい…早く帰ってゴロンとしたい」
が、どこかにたち現れ、子供達は何かを感じ取る。

その点、いつも母親の体調を気にしなければならない我が家の子供達は可哀想だったな、と改めて思います。


若いときは遊ぶのも仕事、遊びからしか生まれて来ないもの、見えて来ないものもきっとあるはずです。
遊ぶこと、楽しむことに罪悪感を持って欲しくない…私がそうだったから。
思いきり楽しんで、いい顔して帰ってきて欲しい。そして私は、ちゃんと晩ごはんを作って、笑顔で迎える。
普通のお母さんが毎日毎日いやになるくらい繰り返していること…それが今、私のささやかな夢なのです。
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by treeintheheart | 2013-09-20 21:48 | 日々

十五夜お月さん

十五夜お月さん


   作詞:野口雨情
   作曲:本居長世


十五夜お月さん 御機嫌(ごきげん)さん
婆(ばあ)やは お暇(いとま) とりました

十五夜お月さん 妹(いもうと)は
田舎(いなか)へ貰(も)られて ゆきました

十五夜お月さん かかさんに
も一度わたしは 逢(あ)いたいな




私が幼い頃、亡き母がよく歌っていた童謡です。
今改めて歌詞をみると、なんて暗い歌でしょう。斜陽族の一家離散を連想してしまいます。
こんな歌を子守歌に歌われたら、怖くて眠れなくなりそうですね。


母は歌声の綺麗な人で、よく歌っていましたが、向き合って何かを歌ってもらった記憶は殆どありません。いつもご飯の支度をしながら歌う母の背中を、茶の間から眺めていたような気がします。

私は、寝付きの悪い子でしたが、母の歌ってくれた童謡は、冒頭に挙げたような暗い、悲しい感じの歌が多かったような気がします。


たとえば…




あした   


   作詞 清水 かつら
   作曲 弘田 龍太郎


おかあさま 
なかずにねんね いたしましょう
赤いお船で とうさまの
かえるあしたを たのしみに

おかあさま 
なかずにねんね いたしましょう
あしたの朝は 浜に出て
かえるお船を 待ちましょう

おかあさま 
なかずにねんね いたしましょう
赤いお船の おみやげは
あのとうさまの わらい顔
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by treeintheheart | 2013-09-19 21:51 | 思い出

コスモスのような女性…

…と、
昔 言われたことがあります。





…こらこら、
そこの
笑いを圧し殺しているキミ!
本当なんですって!


…まあ、笑いたくなる気持ちもわかります。
私だって、言われた時、びっくりしましたもの。


但し、言った相手は女性です。

中学生の時、クラスで一番頭がよくて、しっかりもので、多芸多才な子でした。

何しろ、オペレッタを作るかと思えば、学芸会の衣装なんて朝飯前、英語ペラペラ、バレー部のキャプテン…
そしてぞうさんのような目をしたホンワカした外見…

私が密かに憧れた彼女は、クラス一手厳しい辛口コメンテーターでもありました。

ある放課後、音楽室に何人かの女子で集まり、何故かその日は「花に例えたら」なんていう、大正時代の乙女のような話題になったのですが、彼女は次々に友人たちを喩えていき、私の番が来たとき、ちょっと考えてから
「そうね、アンタはコスモス」
と、つっけんどんに言いました。
「ええっ?」「なんで?なんで?」
と小さなドヨメキがおこり(そりゃそうだよね)、彼女は「ええうるさい」と言いたげに
「なよなよしていて頼りないから!」
と、キッパリ。
皆と一緒に笑いながら、私はやっぱり凹んでました。

中学生の頃、私はおとなしいけれど、気が弱いとは思われていなかったようです。でも、彼女は確かに私の弱さを言い当てたのでした。

歳を取ったせいでしょうか、最近、昔のことがやたらに思い出されます。
それでも、「彼女に会いたいか」と訊かれたら、私は躊躇してしまいそうです。


だって、私のなかの彼女は、永遠に13歳。
あのまま益々才長けていたら、それはそれでコワいし、二十歳をとうに過ぎて只の人だったら、それはそれで…

…ねえ?

「故郷は遠くにありて」と同様に、旧友も思い出の中でこそパワーをくれるのかもしれません。
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by treeintheheart | 2013-09-18 08:48 | 思い出

嵐の夜に

凄い台風でしたね。

皆さまご無事でしょうか?


東京では風雨ともに激しく、私の住んでいる地域は殊に地盤の悪い土地ですので、何度か地震のように家が揺れ、びっくりしました。

私はと言えば、例によって、台風が近づくにつれて身体中が強ばってしまい、温帯低気圧になってから漸く息を吹き返したような体たらくですから、家が揺れた時分には「避難」 どころか…

こんな状態で、「本番」つまり大地震が来たらどうなるんでしょう。
ちょっと暗くなってしまいます。


「風いと凄う吹きけるに…」

嵐の夜に、怖がるお姫様を置いて帰るわけにもいかないので、仕方なく姫の御屋敷で一夜を過ごしてしまう…

源氏物語などでは、お馴染みのシーンです。


現代のように建築技術が発達し、インフラが整備され、情報が溢れる時代でさえ、台風は脅威です。
まして、大昔…平安時代のお姫様にとっては、どれほど怖かったことでしょう。


「魂も消え入りそうな心地がした」というのは決して誇張ではなかったのだなあ、と昨日はしみじみ思いました。


そういえば、むかし読んだ大島弓子の確か『いちご物語』に
「(結婚とは)怖い夜に一緒に寝ること」
と書いてありましたっけ。
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by treeintheheart | 2013-09-17 16:47 | 日々

幼いままに

潔く生きたい


昔 思った


人にも モノにも
媚びず へつらわず

仕事も 学問も
冨や栄誉の為でなく

飾らず 偽らず …
我が我であるために



そういう幼い観念が
いつまでも いつまでも
私の中に 巣食っているけれど


今では
己れ一人の「潔さ」など
何ほどのものか
と思う

独り
美しく生きることが
容易いとは
言わないけれど

薄汚れた上着を纏っても
床に額をつけても
守るべきものを守る
ことこそが潔し
と、今は思う。 
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by treeintheheart | 2013-09-15 12:03 | 詩、物語、短歌…
あるblogで、まどみちおさんが「ぞうさん」について次のようにおっしゃっていると知りました。


「『ぞうさん、おはながながいのね』と言われたら馬鹿にされたか、けなされたと思うのが普通です。
けれども、その子象さんは、まるで誉められたかのように『そうよ、大好きなおかあさんも、ながいのよ』と答えたんです。それは自分が象であることは素晴らしいことだと思っているからです。

この地上に存在するすべてのものは、植物でも動物でも、それぞれ個性があります。 個性が違うということは、素晴らしいことです。素晴らしくないものは一つとしてない。しかも、すべてのものが自分の力でそこにいるのではなく、あるものによって存在させられている、守られていると私は思っています。」  



ああ、すごいな…
やっぱり『まどみちお』さんだ…
廣くて深い心をそのまま照り返したような言葉に触れて、此方のがさついた心も落ち着いて澄んでくるような気がしました。
そのブログには、いつ、どんな状況でおっしゃった言葉なのか、何も書かれていなかったのが残念ですが、私はとても嬉しくなりました。

それから…
7月29日の日記で私自身が書いた「ぞうさん」に対する解釈が、めちゃくちゃ的外れでないことが分かったのも、嬉しくなった理由の一つです。

ちょっと手前味噌ですケド。
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by treeintheheart | 2013-09-11 15:25 | 文化と言葉と…

魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず


by treeintheheart