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すべてみどりになるまで

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魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず

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数年前から〇〇力という言葉が色々なところで目につきますが、ごく最近、ある方が私には「鈍感力」が必要なのでは、と言う意味のことをおっしゃいました。

この数ヶ月、両親のことで心身ともに少し疲れがたまっていましたから、気を楽にするようにとアドバイスしてくださったのでしょう。
けれども、私はその時、「でも…」とおもいました。

私は元々鈍感なところがあって、きっと今までたくさんの人を傷つけてきたと思うのです。今でもふと昔の言動を思い出して「なぜあの時」と臍を噛むような想いをすることがあります。だから、「これ以上鈍感になってどうするの?」と思ってしまったのです。
鈍感になるということは、ある意味で人を気遣うより自分を守ることを選ぶということではないでしょうか?放っておいても多くの人間は自分を選びがちなもの。…もし意識的に鈍感になってしまったら、弱くて小さな者は踏み潰されてしまうか、必死の努力を嘲られて終わってしまうでしょう…樹上の猫のように。
そして、もしそれが当たり前になってしまったら、やがて強い人にとっても生きにくい世の中になってしまうような気がするのです。
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by treeintheheart | 2012-08-27 22:20 | 考えていたこと