カテゴリ:子供たちの記録( 8 )

バスクラリネット

f0294866_10324986.jpg

f0294866_10324958.jpg

長女がついにバスクラリネットを買いました。
中学、高校時代と吹奏楽部でサックス、クラリネットを吹いてきたのですが、その頃から買うとは言っていました。でも、まさか本当に買うなんて…
「だって高いし重いし、脚広げて吹かなきゃいけないし…」
と、俗っぽい事ばかり考えてしまうワタクシです。

木管楽器が金管に比べて高価なのは、きっと材料となる木自体が貴重だからなのでしょう。普通のクラリネットで30万円位、バスクラリネットは大きいだけに150万円位かかると見積もっておかなければなりません。予算が合っても肝腎の楽器との相性が合わないこともあるのでしょうね、素人なのでよくわかりませんが。それに、小物ひとつで音も随分変わるようです。

昨夜10時を回った頃、寒風吹きすさぶ中駅から自転車をこいで帰って来た長女は、疲れきった様子でしたが、背中にランドセルのようにバスクラを背負っているせいかすっかり子供じみて見えました。
「私いま、すっごいテンション上がってるの~♪」
普段は年齢以上に落ち着いて見られるタイプです。
「生まれてから一番(テンション)高いかも~♪」
(≧∇≦)\(-_-)ヨシヨシ
「今なら回れるぅ~♪回っちゃおうかしら~」
ボン・クレーか(-"-;)
「どうしてこーゆー時に○○ちゃん(←妹)いないの~(ρ_;)」
…と、ひとしきりはしゃいだ後。漸くケースを開けてくれました。
真新しいバスクラは、何だか本当に輝いて見えました。これから数ヵ月かけてじっくり馴らしていくようです。
[PR]
by treeintheheart | 2014-03-10 10:32 | 子供たちの記録

片思い (2011/05/14 07:53)

息子が中学3年生の時、
息子の友達と電話で話していて
言ったことがある。
「親は いつでも子供に片思いね」

すると彼女は言った。
「子供だって親に片思いですよ」

たったその一言なのに、
私の中で 何かがほどけた。

ああ…そうだよね
と思った。

何が「そうだよね」なのか
実は私にも説明できない。

息子が、本当はが私に
理解してもらいたいのだ、とか、そういうことではない。

その後、急に事態が好転した
わけでもない。


けれども何かの折に
彼女の言葉を思い出すと
一呼吸おくことができる
…時がある。
[PR]
by treeintheheart | 2013-10-09 06:17 | 子供たちの記録
先日23日は、次女の部活の地区大会だった。
残念ながら成績は振るわず、次女のペアが一番よくて二位だったものの、昨年一位だった部長も同率三に終わってしまった。
それでも「よくやったね」と、私はその言葉しか出てこない。

新入生で次女が入部した時、一年生はわずか女子3人、四年生1人。3人と言っても、1人は家庭の事で練習日の半分も出席出来ず、最終的に退部した。残る1人は記憶障害があるのか、連絡事項も練習手順も大会申し込みも忘れてしまうという。結局全ての雑事は次女の肩にのしかかることになった。
OBが頻繁に顔を出してくれると言っても、所詮はOBで、手を出せることに限界がある。
予算をとるための会議、OB達への寄付のお願い、施設を借りるための手続き等、全て次女が独りでやらなければならなかった。

中学生の時、苛めにあっていたのか、クラスの誰とも口を利かなかった。
高校生になってからも電話が怖くて取れなかった。
通学の満員電車は人に譲ってしまっていつまでも乗れなかった。
そんな次女が、人が変わったように積極的に人と拘わるようになり、寸暇を惜しんで部のために働いた。

思いがけない出来事もあり、部活を辞めるように周囲が忠告したこともあったが、彼女は受け入れなかった。
「私は、この部活に入ってはじめて『ああ、私だって頑張れるんだ』って思えたの」
彼女は小さい頃から器用で、特に努力しなくてもソコソコ何でも出来た。小学生の時は作曲コンクール、作文、読書感想文、ポスター、工作…色々賞をもらってきた。だからそれ以上を目指す努力をしなかった。だから、どれも中途半端。そういう自分が嫌だった。
でも、はじめて努力した、頑張りが手応えになってかえってきた。

…と、次女の話に延々付き合わされた。

「子供の成長に成功体験が必要」とはよく聞くが、『目の前に事例がタグ下げて座ってる…』と、私は心の中で呟いた。何だか照れ臭くなってしまったのだ。その一方で、頭をくしゃくしゃに撫でてあげたい気もした。

「ウチの部員、今年は二列に並んだの」
と嬉しそうに言う。
「だって一年生の時は、三人しかいないから他の学校と一緒に並んだんだよ」


いつか、壁にぶつかった時、この思い出が彼女を支えてくれますように
[PR]
by treeintheheart | 2013-09-27 10:10 | 子供たちの記録
「花咲き山」「モチモチの木」「ちからたろう」等でおなじみの作者が秋田のあたたかく迫力ある言葉で語る、でっかい男の物語である。

八郎は樫の木のようにすいすい伸びて、筋肉はカンカン固くて、見てるものはホーイと笑って気持ちよくなってしまうような山男だ。それでも、もっともっと大きくなりたくて山から海へ向かって駆け降りてきては、海へ向かって
ウォーイ ウォーイ
と叫ぶ。その頭には色々な鳥が巣をかけて
ピチピチ、チイチイ、チュクチュク、カッコー
と囀っている。八郎も小鳥達を驚かさないように気遣かっていたりするのが微笑ましい。

そうやって呑気に暮らしている八郎だったが、ある日、男の子が浜辺で泣いているのに出会う。見るとが真っ暗になり白い歯を向いてやって来るのだ。

海岸に固まって震える村人達。泣き叫ぶ山。いつかみた木版画のような風景の中に八郎がやってくる。まるで、生きて、自由に動けるのは彼だけのように。

押し寄せる海に、岩を投じ、山を投じ、ついには自らの身を投じる八郎の叫びは、しかし天を貫くほど明るい。

「分かったァ!おらがなして今までおっきくおっきくなりたかったか!おらはこうしておっきくおっきくなって、こうしてみんなのためになりたかったなだ、んでねがわらしコ!」

八郎の頭を波が越え、髪の中の小鳥達が飛び立つ。それを見て、わらしコが手を叩いて喜ぶ。それに応えるかのように、八郎の沈んだ後の波上の泡がはじける。

語り部は、わらしコが八郎の後を継ぐ男になっていることを語って物語を終える。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


斎藤隆介に出てくるオトコ達は、「ちから太郎」に代表されるように、荒削りでパワフルで、大きな足で目標に向かってドスドス歩くと周り中のものが跡形もなく薙ぎ倒されてしまうようなイメージがある。
実際にそんなオトコがいたら堪ったものではないけれど、ただの傍迷惑野郎ではなく、彼らの多くはなぜか微かな悲劇の影を(というより「死にキャラ臭」を)漂わせている。
それは多分、彼らがあまりにもピュアだからだ。

彼らの欲望と言ったらほぼ食欲と「大きくなりたい」「強くなりたい」に限定されている。食欲は、生きるための必要最低限の欲求であるが、大きさ、強さをこれほどまでに求めるのはなぜだろう。
力太郎の場合は敢えて単純化しているから、主人公はただ楽しく大きく、強くなって行く。
けれども、八郎の場合は、主人公が自らの課題として意識し続ける。
八郎が、殆ど嬉々として津波に立ち向かって行くのは、自らの問いに対する答えを見いだしたからなのかもしれない。その喜びの前には死さえ軽やかな光を帯びるようだ。


私達は生きていく上で様々な欲求を持ち、それを叶えながら、あるいは諦めたり折り合いをつけたりしながら日々を過ごしている。

「お洒落をしたい」
「金持ちになりたい」
「地位や名誉を手に入れたい」
などという欲望が、八郎にそぐわないことは誰が見ても明らかだ。
しかし、八郎には
「友達がほしい」
「誰かに理解されたい」
「愛されたい」
という欲求すらないように思える。
こういった欲求は、多分誰もが持っていて、ある意味では「人間らしさ」の表明のようなものなのに、どことなく彼とは相容れない感じがする。
なぜだろう。
彼が「人間」ではないからだろうか。
彼の巨大さが、彼に疎外感をもたらしていたか否かはわからない。けれど、一人でいる彼の姿は「孤独」というより「自由」という言葉がふさわしい。(別に二者択一なわけではないけれど)
彼を見ていると「仲間が大切」「愛する人の為に〜」というテーマで動くヒーローたちが、何だか小さく感じられる。
なぜならば、それらは「友情」とか「愛」の字を纏ってはいるけれど、その根底には「自分を潤す」という動機があって、とことん無私な彼とは遠い存在になってしまわざるをえないのだ。
そんな気がした。

それと同時に、彼はもっと大きなモノに包まれていて、それを感じ取っているから、私たちが齷齪求める「愛」「友情」には目もくれないのだろう。それなのに、というより,だからこそ里に危機が迫ると、誰かをともなうこともなく、相談も、力を合わせることもなく、ただ一人で、いともあっさり生命を投げ出してしまうのだろう。
彼は村人達に
「勇気を出して一緒に立ち向かえ」
「自分達の村は自分達で守れ」
という要求はしなかった。
村人達が小さく、心配性で、来る日も来る日も大地の声を聴き、太陽や雨風から作物を守っていることを八郎は知っている。それが村人達の戦いであって、八郎には出来ないことだ。
村人達には、八郎が海に沈んだあと、潮をかぶった土地を一面の黄金色の稲穂の波に変えるための長い長い戦いがあり、それが八郎の戦いと等しく尊いものであることを、八郎は理解している。

生きることは自分というピースがピタリと収まる場所を見つけること。八郎にとってはそれだけのこと、なのかもしれない。
[PR]
by treeintheheart | 2013-07-18 18:20 | 子供たちの記録

分岐点(2010/10/12 18:40)

息子は小学校一年生からサッカーを始め、中学校でサッカー部に入るのをとても楽しみにしていました。あまりにも楽しみで、友達と何度も中学校のフェンスによじ登って練習を見ようとするので注意をされたくらいです。朝練もどんな雨の日も行きました。「サッカーは雨でも試合するんだから」と出て行き「誰も朝練来なかった」と帰ってきたこともあります。

その後、憧れの先輩が卒業し、先輩がいない新二年生と新顧問のサッカー部となりました。【ROOKIES卒業】(2010年10月11日の日記)に書いたような日々の始まりです。あの頃は本当につらかった。少しずつ駄目になっていく息子を見るのが。もがいて、仲間とも道が違っていって、いろんなことを諦めていくのが伝わってきました。あれこれ試したけど有効な手は打てませんでした。顧問がいる以上他の先生には手が出せないと学校からは言われました。
いくつかのリーグ戦には登録手続きさえしてもらえず、試合では前半好調でもハーフタイムに必ずと言っていいくらい志気が下がりました。練習不足が自信の無さにつながり先生の罵倒が追い討ちを掛けました。うつむき加減に黙々とボールを蹴る部員達にセットプレイのできるはずもなく、息子の声だけがやたらと大きく感じられる試合が続きました。
「個人技は上なのに攻撃が組み立てられないんだ。それにメンタルが弱い」
と分析好きな息子は言っていました。彼は父親に頼んで試合を撮影してもらい、その日のうちに必ず観ていました。
それでも彼は先生の悪口はいいませんでした。
親馬鹿なようですが、彼は感性が鋭いほうだと思います。痛みを避けるため、アンテナの感度を下げる知恵は彼にはなかった。彼が顧問の先生をいい人だと言い続けたのは、そうすることで何かを守っていたのか、それとも私達には見えないものを先生の中に見ていたのかもしれません。

年度が変わり先生は転勤なさり、代わっていつも試合の応援に来てくださっていた若い二人の先生が顧問になりました。それから引退するまでの4ヶ月間、3年生達はただただ楽しそうでした。子犬達がじゃれあうように練習していた小学校時代が思い出されました。
でも本当は、何かが変わってしまっていたのでしょうね。
息子は卒業アルバムのサッカー部の写真に写りませんでした。

以上、どこにでもある人生の小さな1コマでした。
[PR]
by treeintheheart | 2013-07-06 09:17 | 子供たちの記録
この映画がTVで放映された時に録画したのは、人気のTVシリーズをの映画化したこの作品自体が特に秀作だと思ったからではありません。
ただ、この連ドラや映画を観ていた頃のことを、息子に思い出して欲しかったからです。

その頃息子は毎日のように電話で明日部活に来れるメンバーを募っていました。10人集まらなければ練習は中止というのが顧問の先生の方針です。けれどもクラブチームに所属していたり、塾があったり、15、6人しかいない部員中10人を確保することは難しく、常連の5人も次第にやる気を失っていきました。
顧問の先生は
「別にお前等なんか可愛くないんだ」
「他にやるやつがいないから仕方なく顧問をやってるんだ。」
「俺がやめたらお前等サッカーはもうできないんだからな」
と 言ったそうです。
たまの練習でも部員の態度は悪くなり悪循環…サッカー部は最早崩壊状態でした。
そんなときに放映されていたのがRookiesでした。川藤先生の熱い言葉に息子たちが何を思ったか、私にはわかりません。

高校で息子はどの部にもはいりませんでした。
「好きな時にメンバー集めてやるだけでいいんだ」
やがて息子は学校にも行かなくなりました。(これは別件ですけどね)
そんな時の放映でした。
息子は録画リストの中にそれを見つけて見始めました。上映された時、サッカー部の子たち7、8人で見に行ったことを楽しそうにしゃべっていました。
それを観たことと関係があるのか、それとも他の要因からなのか、夜、息子は登校の用意をしていました。
[PR]
by treeintheheart | 2013-07-06 09:00 | 子供たちの記録
取り外さなくちゃ
リビングルームの
壁にかかった小さな写真


卒業前の「親子ふれあい教室」
作ったフレームは
ワンピースの余り切裂


ミシンの調子が悪くて
何度もやり直した
広がるスカートがうれしくて
くるくるまわって
ぶつけたおでこ
頬に涙をのせたまま
煌めきこぼれる笑い声
なにもかもが大事件だった


特別な一着も
引き出しの奥から箱の隅へ
そしていつのまにかいなくなり
余り布裂だけが手元に残る
フレームを作った手は
もう私より大きくて
長い指が器用に動いた


その手が作るVサインの下に
さらさらの髪 赤いTシャツ
肩にはパパの手
急に走り出すから
何気なく押さえてる
いつもみんなの真ん中で
守られていたのか
捕らえられていたのか


頬の上下にえくぼを刻み
泣いているのに笑っていると
いつも間違えられていた
「いちごじゃなくて
いちごの葉っぱ」
自分のことをそう言った


あの頃
何もなかったように
微笑む子供達も 
それぞれに
育てていた種


リセットはできない
捨て去ることも
だから今
壁のフレームを外して
新しい写真を入れよう
[PR]
by treeintheheart | 2010-12-31 16:14 | 子供たちの記録

兄弟(2010/09/13 09:03)

真ん中の娘が合宿に行っている。末の息子は遊び回っている。長女はわたしの手伝いをしながら
「つまんなーい!つまんなーい(>_<)」
とぼやいている。普段は下の二人が手伝いしないし、ふざけてばかりでウザイと言ってるのに…
夕方、妹が帰ってくると放り出したバッグから荷物を出して洗濯していた。
「まったく~(-"-;)
ちゃんと自分で片付けなさいよぉ~!!」
なんて言いながら。

母は出る幕がありません(^_^;)
[PR]
by treeintheheart | 2010-09-13 09:03 | 子供たちの記録

魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず


by treeintheheart