カテゴリ:映画、DVD、音楽( 4 )

多くの人が、この映画を恋愛を描いたものとして観るだろう。
確かに、ニールとマリーナの愛を中心に物語は進行していく。様々な愛の記憶の断片が、時系列を越えて入れ替わり立ち替わり表れる。「愛さえあれば何もいらない」と思っていた頃、この愛が永遠につづくと信じていた頃でさえ、その後に起きるいさかいや裏切りは既に内包されていることを仄めかすようなナレーションとともに。

しかし、物語は男女の愛の行方を追いながら、次第にもうひとつの愛を問う声が大きくなって行く。
特に、神父の目線でカメラが教区民の苦悩や孤独を切り取って行くシーンでは、愛の不在がどれほどの打撃を人に与えるものかを見せつけてくる。その問いかけは男女の愛を含むもっと漠然としたものから始まる。
「私にはあなたが見えない」
宗教、特にキリスト教にあまり縁のない日本人には解りにくいところかもしれないが、恋愛を通して彼らが求めているのは神の愛なのである。

行きずりの男性と関係を持ったマリーナがニールの足に接吻をするシーンがある。正にマグダラのマリアを思い起こさせるシーンだ。
ある人がマリーナにとってニールが救いであることを表現しているとコメントしていたが、私にはそうは思えなかった。
何故なら、それに先立つシーンでニールはマリーナの裏切りに対し激しい怒りを露にしている。しかしその実、ニールもかつてマリーナを裏切っているのである。何も知らないマリーナの接吻に為すすべもなく茫然としているニールの脳裏に浮かんだのは、むしろ姦淫の罪を犯した女を引き出した人々に対し「汝等の中で罪なきものがまず石もて打て」とイエスが言ったというルカによる福音書7章36-50節のエピソードではなかったか。
ニールもマリーナもその愛は不完全で移ろいやすく信じてその身を託すにはあまりにも頼りない。けれども、その愛は手を伸ばせば触れることが出来る。ともに歩み、いたわり合いながら育てていける愛である。
それに対し永遠に変わらぬ神の愛は、世界に満ちあふれているはずであるのに、我々は触れるどころか視ることすら出来ずにいる。
我々は、不完全な自分達の愛を通してしか神の愛を垣間見ることが出来ないのかもしれない。


全編を通して、神の御手により創造された美しい自然と、人の手により創造された芸術的作品とが絡み合うように映し出される。
そこではまるで自然の方が移ろいやすく、人の作ったものの方が堅固であるかのようだ。
その移り変わる風景の中をマリーナは妖精のように軽やかにステップを踏んでいく。けれども、決して遠くへ離れていくわけではなく、くるりと振り向いてニールを待っている。(このシーンはニールが「信じて」と言いながら目を閉じたまま後方へ倒れかかるマリーナを受け止めるシーンと呼応しているようにかんじた。)

映像は幻想的だが、その語ろうとするものは決して夢物語ではない。平和な町に潜む汚染や貧困や既成の宗教が持つ限界や…様々な現実を確り織り込んで、さらに通奏低音のように神を求める声が重なる。
神は答えないのか。
ラストシーンで我々は、潮が引きモンサンミッシェルへ渡る砂地の道が露になっているのを見る。
まるでThe Wonder に至る道のように。


監督・脚本
テレンス・マリック
出演
ベン・アフレック
オルガ・キュリレンコ
ハビエル・バルデム
レイチェル・マクアダムス
音楽
ハナン・タウンゼンド
撮影
エマニュエル・ルベツキ
[PR]
by treeintheheart | 2014-03-19 20:29 | 映画、DVD、音楽
この数日、Jon Finch のことばかり検索しています。


【ジョン・フィンチ】

イギリスの俳優で3月2日生まれ。
有名なのは、ヒッチコックの『フレンジー』とロマン・ポランスキーの『マクベス』でしょう。
若くてイケメンで、ある意味ピュアなマクベスをフランチェスカ・アニスのマクベス夫人とともに演じました。
この映画が好きで、もう一度観たいとDVDから何となくWikipediaへ…

そこで、
「彼の遺体が発見された」
という一文が目に留まったのです。


驚いてあれこれ検索しましたが、詳しいことはわかりませんでした。亡くなった自宅かあるヘイスティングスの地方紙や映画専門誌も、書いてあることは同じ
「ヘイスティングスの自宅フラットで2012年12月28日に亡くなっているのが発見された。葬儀は2013年1月11日に営まれた。」

日本では無名ですが、イギリスでは1970~80年代にはTVや舞台でそこそこ有名な俳優さんだったはずです。その彼が「遺体が発見」とは…。孤独死だったのでしょうか?「あの人は今」的な存在だったのでしょうか?

その後、関連記事を読むうちに、彼がリドリー・スコット監督と親しく、監督は『エイリアン』のケイン役を最初にジョンに持ちかけていることを知りました。
ところが、ジョンは断ってしまったのです。
それどころか、1973年にはショーン・コネリーに替わるジェイムズ・ボンド役として『死ぬのはやつらだ』への出演依頼が来ているのに、これも断ってしまっているのでした。

「大物俳優になりたいと思ったことはない」
とインタビューに応えてジョンは言っています。
「年に一本出演すれば生活に十分な金を稼げて、それでいて騒がれない、快適な生活を送れる」
そのような野心の無さが彼を名声から遠ざけたのでしょうか。彼のゲストブックには、彼が無名であることを悔しがるファンからの書き込みが世界中から寄せられていました。
かつて彼のパートナーだったヘレン・ドレイクは彼について次のようにコメントしています。


Jon was quiet and a private person but very warm and generous. He had a fantastic sense of humour. Jon was a wonderful father to his 19-year-old daughter Holly. They got on well and always laughed, having fun together.’”


ちょっとほめすぎですね。
[PR]
by treeintheheart | 2013-10-04 09:28 | 映画、DVD、音楽
一言で言うと、元教師の気難しくてしっかり者の老婦人が黒人の運転手に心を開いていくお話です。


ヒロイン・デイジーの息子が運転手を雇った原因は、デイジー自身にありました。
そもそも車で出かけようとして、自分がギアを間違え車をダメにしてしまったのにデイジーは認めようとしません。心配した息子がホークという経験豊かな黒人を雇い母の家へ送り込んだのです。

ホークは穏やかでユーモアのある度量の広い男です。デイジーの主義や偏見からくる無茶な注文に、辛抱強く誠意をもって応えていきます。
けれど本当は人種差別にたいする怒りなど、胸のうちには熱いものを持っているのです。

それが表に表れる時が2回あります。
そのひとつが、伯父の家まで小旅行に出たもののデイジーのミスから予想外の長距離ドライブとなり、ホークが「用を足すために車を止めさせてくれ」と頼むシーンです。黒人は公衆トイレが使えないのでデイジーが用を足した時もずっと我慢していたのです。
「私は機械じゃない」ホークが毅然として言うのが返って問題の深さを感じさせます。

一方デイジーも心身が衰え、軽い認知症症状も表れてきます。
それとともに、次第にホークを頼りにするようになり、ついには
「貴方は私の親友よ」
とまで言います。
ユダヤ人として生まれ、努力と知性で人生を切り開いてきたという自負があるデイジーは人に弱みを見せることが嫌いです。それだけにこの言葉は重いのです。

豪華な老人施設に入ったデイジーが感謝祭のパイをホークに食べさせてもらうラストシーンは、まるで長年連れ添った仲のよい夫婦のようで、とても印象的でした。

20世紀初頭の古風な社会の中で描かれてはいましたが、「老い」や「偏見」など古くて新しい様々なことについて、柔らかく考えを促してくれる作品でした。
[PR]
by treeintheheart | 2013-09-10 09:35 | 映画、DVD、音楽
連日の暑さに辟易して引きこもり中なので、夏の間は息子お勧めのDVDを観て過ごすことにしました。

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


原題は【The Wind That Shaking The Barley】
作品中で、英兵士になぶり殺された少年の弔いに歌われるアイルランドのトラッドです。
アイルランドがイングランドから独立するための長い戦いがあることはうっすらと知っていたけれど、この映画を観てショックだったのは、その戦いがあまりにも小規模で地味なことだった。
何しろ、10人20人のグループで、ろくな武器も持たず、情報も作戦もないような戦いがあり、その中で仲間の裏切りや兄弟の対立があり、最後には兄が弟を処刑するに至る。
現在世界の各地で起きている戦争に比べたら、ままごとのような戦争…けれど、それは大量の武器弾薬を投入し秒刻みの情報戦に支えられた戦争に比べて、悲しみも小さいわけではない。

本来決して勇敢なことが好きなわけでもなく、戦闘向きでもない村の若者たちが武器を取ろうとするのは、よほど追い詰められているのだ、と事態の深刻さが観る者に伝わってくる。
けれど、顔も名前も知っている者同士が殺しあってまで何を得るのか。明らかに大局には何の影響もないところで、虚しさを分かっていながら引き返せない…戦争の悲劇を描いた作品は多いけれど、こういう描き方に触れたのは初めてだった。
[PR]
by treeintheheart | 2013-08-25 18:45 | 映画、DVD、音楽

魂の奥に下りて行って不思議な扉を開けてみてください。幾千年の時を経た大樹の息づく深い森。滴る光、湧き零れる水。そこに満ちる声の囁きを聴ける人になりたい。人の魂が、この星とそこに息づく数多の生命と、深いところで繋がっていることを感じとりたい。カリスマ性なんか微塵もない主婦Aの「闘病」「子育て」「考えごと」の記録…になるはず


by treeintheheart