友へ (2014/3/8 1:18)

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長い間ご心配かけてすみません
漸くメールが少しは打てそうです。

最近の私は、精神的なダメージが直ぐに体調に来るという自覚はありました。けれど、身体が動かないことが心の動きまでをこんなにも縛ってしまうとは思いませんでした。

日毎に動かなくなる身体に、自分は用のない人間だ、皆の足手纏いだという思いから逃れられませんでした。家族が溜め息をつくたびに、疲れきった様子を見せるたびに怯え、奥へ奥へと潜り込む自分の姿がはっきりと見えているのに、そこから気持ちを切り替えることも、それに身を委ねることもできずにいました。

心配してくださっているのがわかっているのにメールできなかったのは、体調が悪く打てなかったせいもありますが、この状態を何と説明たらいいか分からなかったから…


今までの私なら、自分の奥へ奥へ降りていくと沸々としているものがあって、そこから何かしらのものを掬い上げ、新たな力を借りて地上へ戻ることが出来たのに、今回は其所へ降りていくことすら叶わないのでした。


「なぜなのだろう」と私は考えました。

父母の後処理が負担になっていることは事実です。
普通なら土地も財産もないのですから簡単に済みそうなところですが、昨年9月に父母とトラブルがあり手を離さざるを得なかった間に色々なことがごちゃごちゃになってしまっていました。
他にも父母と妹に対する不信感が募る出来事が重なって、お互いに信頼を取り戻せないままになってしまったのでした。
更に父母亡き後、叔父叔母からの厳しい反応は多少の予想はしていたとはいえ、酸のようにじわじわと心を腐食させていくのでした。
私が健康であれば、あるいは父母が健在であれば、世間によくある兄弟間のいさかいや中傷として笑い飛ばしていたようなことですのに
「私の父母はそんなに酷い人間だったのだろうか?」
父母に対する不信感や恨めしい気持ちとは矛盾していますが、父母がそんなに親戚から指弾されることをしたとは、私にはえませんでした。寧ろ父は母の弟に資金を出して大学を卒業させれたり面倒見の良いところがありました。けれども、父母を批判する元となった情報は多くがその叔父から出ていて、私が実際に漏れ聞いた父母の会話や古い書類等から推測しても、事実とは違うように思えてなりませんでした。父母に替わって叔父叔母に謝罪しつつ、私は「小さいヤツ」と心の中で思いました。

一年前の日記を読むと、父母に対する私の感情が変化しているのに驚きます。 これまで私は、父母を冷静に見てしまうところがありましたが、それは欠点はあってもそれを含めて「人間って面白い」という立場から父母のことを理解したい思っていた…と言ったらいいでしょうか。
それが、最近では言いようもない冷たい感情が底流に生まています。

今、私はそういう自分も、父母も妹夫婦も、叔父叔母も、全てが赦せないのかもしれません。そして、赦せない自分、優しくできない自分に耐えられない。
なんて高慢な、と思います。果てしない悪循環です。

ここから一歩を踏み出すには、もう少し時間がかかりそうです。


お疲れのところ、長文になってしまいごめんなさい。
お身体くれぐれも労ってくださいね。

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by treeintheheart | 2017-01-09 08:38 | 日々
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